構造トリビア

「重心が低い建物は安定する」とはどういうこと?

中野幸也

建築士✕金融ライター|1987年 国立豊田工業高等専門学校卒業、東京都内の構造設計事務所を経て、静岡市役所に勤務の後退職|2025年 ゆうき未来ラボ一級建築士事務所設立|安心構造計算で安全な建築を実現|一級建築士

日本は地震が多い国なので、大きな地震が起きると「建物は大丈夫かな?」と不安になりますよね。ニュースなどで、建物の安全について「重心が低いと安定する」という話を聞いたことはありませんか?

なぜ重心が低いと倒れにくくなるのでしょうか。その仕組みを知ると、普段見ている建物や、自分の部屋の安全対策を見る目が少し変わるかもしれません。物理の授業で習う「重心」の考え方を、身近な例で見ていきましょう。

重心とは何かをわかりやすく理解

まずは、そもそも「重心」とは何なのか、イメージを掴むところから始めましょう。難しい計算の話ではないので安心してください。

建物のバランスを決める基準

重心とは、簡単に言うと、その物体の「重さの中心」のことです。

例えば、公園にあるシーソーを思い浮かべてみてください。同じ体重の人が両端に乗れば、シーソーは水平になりますね。この時、ちょうど真ん中の支点部分でバランスが取れています。

では、形が複雑な積み木や、ほうきのような長いものはどうでしょう。指一本で支えて、ピタッとバランスが取れる一点がありますよね。そこが、その物体の重心です。

建物も同じで、どこかに重さの中心点があります。この位置が、地震の揺れに対してどれだけ踏ん張れるか、つまり「バランスの良さ」を決める重要な基準になるのです。

重い部分が下にあるメリット

重心が低い状態というのは、物体全体の重さが、できるだけ地面に近い下の方に集まっている状態を指します。

一番わかりやすい例は、おもちゃの「起き上がりこぼし」です。何度倒しても、すぐにゆらゆらと立ち上がってきますよね。あれは、底の部分に重いおもりがお風呂に入っていて、重心が極端に低い位置にあるからです。

重心が低いと、傾いた時に「元の姿勢に戻ろうとする力(復元力)」が強く働きます。だから、多少揺れても倒れずに安定していられるのです。これは建物でも同じ原理が働いています。

重心と揺れ方の関係

逆に、重心が高いとどうなるのでしょうか。建物が地震で揺れる時の動きに、重心の位置は大きく関係しています。

重心が高い建物はなぜ揺れやすい?

重心が高い状態とは、いわゆる「頭でっかち」な状態です。細長い棒の先端に重いボールをつけたものを想像してみましょう。

それを手で持って揺らすと、先端のボールは大きく振られてしまいますよね。重心が高い建物もこれと同じで、地震のエネルギーを受けると、上の重い部分が振り子のように大きく揺さぶられてしまうのです。

揺れ幅が大きくなると、それだけ建物の柱や壁にかかる負担が増え、倒壊のリスクが高まってしまいます。だから、できるだけ重心を下げることが、安定性を高めるカギとなるわけです。

家具の配置でも重心は変わる

この重心の話は、建物全体だけでなく、みなさんの部屋の中にも当てはまります。

例えば、背の高い本棚。もし、一番上の段に重い図鑑や百科事典を並べて、下の段に軽いマンガ本を置いていたらどうなるでしょうか?本棚全体の重心が高くなり、地震が来た時に倒れやすくなってしまいます。

重いものはなるべく下の段に収納する。これだけで家具の重心が下がり、転倒防止につながります。すぐにできる安全対策なので、ぜひ自分の部屋を見直してみてください。

建物設計で行われる重心調整

実際の建物の設計でも、私達、建築士は重心を低くするために様々な工夫を凝らしています。ここでは代表的な例を2つ紹介しましょう。

屋根材を軽くする理由

日本の古い家は、立派な瓦屋根が多いですよね。あれは台風の強い風で屋根が飛ばされないように重く作られていました。しかし、地震に対しては、屋根が重いと重心が高くなり、揺れやすくなってしまいます。

そこで最近の住宅では、スレートやガルバリウム鋼板といった、軽くて丈夫な屋根材が使われることが増えました。屋根を軽くするだけで、家全体の重心がグッと下がり、地震の揺れに強い構造になるからです。

スカイツリーの巨大基礎と重心設計

高さ634mを誇る、日本一高いタワーである東京スカイツリー。あんなに細長くて高い建物が、巨大な地震に耐えられるのはなぜでしょうか。

実は、目に見えない地下の部分に秘密があります。スカイツリーの足元には、地下約50m(ビルの15階建てくらいの深さ)まで、鉄筋コンクリート製の頑丈な壁が地中深くまで埋め込まれているのです。さらに、その下には巨大な杭が何本も打ち込まれています。

このように、地上の見える部分だけでなく、地下の見えない部分に巨大で重い基礎を作ることで、タワー全体の重心を徹底的に下げ、抜群の安定性を実現しているのです。

まとめ

「重心が低い建物は安定する」というのは、起き上がりこぼしのように、重い部分が下にあることで元に戻る力が働き、地震の揺れに強くなるからです。

しかし、実際の建物は形も複雑で、どこに重心があるか簡単には分かりません。そこで建築士は、複雑な「構造計算」を行って正確な重心位置を割り出し、安全性を何重にもチェックしています。私たちが安心して暮らせるのは、この緻密な計算のおかげなのです。

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